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横浜・食の極人 vol.15 横浜の味を創る究極の達人たち

バー「ピルグリム19thクラブ」

それぞれのお店には、その店の味を生み出す究極の達人がいます。このコーナーでは、そうした人びとに直撃インタビューをして、その素顔に迫っていきたいと思います。
15回目の今回は、横浜・馬車道にあるバー「ピルグリム19thクラブ」のマネージャー、幅義治さんです。

食の極人・プロファイル15  「ピルグリム19thクラブ」マネージャー幅 義治さん

写真1ピルグリム19thクラブのマネージャーである幅義治さんは、1950(昭和25)年、磯子で生まれました。その後もずっと磯子で育ち、長い歴史を誇る磯子小学校から岡村中学校、そして神奈川県立立野高校へと進まれたそうです。
高校卒業後は、ホテルオークラに就職。研修を終えると「酒場課」、つまりホテル内のバーに配属され、そこでバーテンダーという仕事と初めて出会いました。
その2年後、ホテルオークラがオランダのアムステルダムに進出することになり、もともと海外へ行くことに興味のあった幅さんは勇んで赴いたといいます。それから2年間を、この地で過ごしました。
この間に、オランダばかりでなくヨーロッパのほかの国々も回ってみたそうですが、その中でバーテンダーの社会的地位の高さに驚くとともに、この仕事の楽しさを学んだとのこと。そして、帰国後には「バーテンダーの仕事は面白いかもしれない」と心の底から思うようになり、ホテルのバーでずっと仕事を続けていたそうです。
そんな折、そこで知りあったある経営者の方から、「今度、バーを開くので手伝ってほしい」と誘われます。そのバーこそが、現在のピルグリム19thクラブ。ホテルオークラのバーテンダーになってから、ちょうど20年目という節目を迎えていた幅さんは、迷わずにその誘いを受け、ピルグリムのマネージャーとして新たな一歩を踏み出しました。
今ではすっかり「ピルグリムには、この人ありき」という存在になった幅さん。優雅なしぐさで凛とした雰囲気を漂わせておられながら、非常に気さくな笑顔で毎夜、私たちを迎えてくれます。



「私が子供だった頃は磯子もまだ自然に恵まれており、外で遊び回っていました。わんぱくで、ガキ大将でしたよ。」

写真_2「私が子供だった頃の磯子は、まだ埋め立てが始まる前でした」と振り返る幅さん。すぐ近くまで海岸線があり、屏風ヶ浦では海水浴もできたそうです。また、「山側にはゴルフ・コースのできた空き地がありましたし、小学校の裏には裏山がありました」。当時の磯子の子供たちは、海での遊びも山での遊びも楽しんでいたということです。
特に山では、「小刀で笹を切って屋根にし、掘っ立て小屋みたいな基地を作って遊んだりしていました。それから、ターザンのまねなどもよくやりましたね」。今の子供たちとは違い、自分たちで色々と工夫をし、さまざまな遊びを創り出していたそうです。
そんな幅さんは非常にわんぱくで、ガキ大将であったとのこと。「昔は、近所に口うるさいおじさんやおばさんがいましてね。しょっちゅう怒られていました」。
高校に進学するとバレーボール部に入り、それからはスポーツに汗を流すようになりました。当時はオリンピックでの日本チームの活躍もあり、バレーボールがブームで、たくさんの部員たちと切磋琢磨していたそうです。

「何となく就いたバーテンダーの仕事ですが、性にあっていたのかずっと続けています。本当にお客様としゃべれるようになって、この仕事が面白くなってきました。」

写真_3高校を卒業した幅さんは、ホテルオークラに就職します。ホテルに就職した経緯について伺うと、「海外旅行に興味があったので、本当は大学で観光学などを学び、交通公社(JTB)に入りたいと思っていました。交通公社に入れば海外へ行けるだろうと安易に考えていたんです」。また、当時は日本の航空会社でもスチュワードを募集しており、それにも憧れていたそうです。
しかし、「ニューグランドで働いていた叔父から、海外で仕事をしたいならホテルがよいと勧められました。その頃、ホテルオークラが2年後にアムステルダムへ進出するという話があり、『それを狙ってみたらどうだ』というアドバイスでした」。そこで、それに従ってホテルオークラに就職したということです。
3ヶ月間の研修でレストランや宴会の仕事などを経験した後、幅さんが正式に配属されたのは「酒場課」でした。「酒場課とは、当時ホテルオークラの中に5つあったバーを担当するセクションです。ホテルの仕事といえばフロントのベルボーイとか客室係とかを想像していたので、バーの仕事といわれて驚きました」。しかし、会社が決めたことに異議を唱えるわけにもいかないし、そもそもどういう仕事なのかよくわからなかったので、いわれるままに酒場課の担当になったそうです。
「でも、性分にあっていたのか、そのままずっとバーの仕事に携わっています」と笑顔で話す幅さん。酒場課に配属されてからは、「とにかく職場のことを知らなければいけない」と一生懸命にバーテンダーの仕事をしていました。そして、アムステルダムのホテルオークラへ出向。そこでヨーロッパのバーテンダーを見て、その社会的地位の高さを知り、この仕事への興味を感じ始めるようになります。
「もともと人としゃべるのが好きだったのですが、アムステルダムから戻ってきて1年くらいたってから、つまりバーテンダーになって5年くらいたった頃から、本当にお客様と話せるようになってきました」。それまでは作ったり運んだりするのだけに一生懸命だったのが、気持ちにもゆとりができ、客との会話も楽しめるようになったそうです。それから、バーテンダーの仕事の本当の面白さを実感するようになりました。

「最初にピルグリムの店を見たとき、これは素晴らしいバーだと思いました。それを活かして、フランクでありつつも、根本にはしっかりしたサービスのあるバーにしたい。」

写真_4ホテルのバーテンダーを20年続けた幅さんがピルグリムのマネージャーに転身したのは、「第一には(ピルグリムの)オーナーの人柄に惚れたからです」とのこと。ピルグリムを経営しているのはセレクトショップの「トゥモローランド」ですが、その経営者、つまりピルグリムのオーナーの方と幅さんとは不思議な縁があるそうです。「実は、オーナーは私の高校の先輩なんです。そして彼の弟は、私が高校で所属していたバレーボール部の1年下の後輩なんですよ」。
そんな縁もあり、最初はアドバイザーとして協力することになりました。しかし、「何だかんだやっているうちに、私がやりますっていうことになり、マネージャーを引き受けました」。ホテル勤めが20年という節目を迎えたことや、生まれ育った横浜で仕事をしてみたいという気持ちも背景にあったといいます。
果たして、ピルグリムの店を最初に見たときの幅さんの印象は、「これはすごい。こんな素晴らしいバーはホテルにもないと思いました。そして、『ああ、これなら面白くなるだろう』と胸が躍りました」。実際、オープンすると、周囲のバーの人びとばかりでなく、ホテルの人びとも見にきたそうです。
「セレクトショップのトゥモローランドが経営するバーだから、変なものはつくれない」。それゆえ、店の内装や調度品、装飾品には徹底してこだわっています。「そもそもオーナーが非常にセンスのよい人なので、デザイン的な面は彼の指示に従っています。実は、サービスする側としては、少しやりづらいなっていうオブジェもあるんですけどね」と笑う幅さん。しかし、営業的な面の効率性を追及するのではなく、客がくつろいだり楽しんだりできる空間づくりを目指すオーナーの方の姿勢には、大いに共感するそうです。

一方、客に対して実際にサービスする仕事にあたる幅さんが目指すものは、「若い人でも、お年寄りでも、男性でも、女性でも、みんなが楽しく話のできるバーです。誰もが気兼ねなく、気軽に立ち寄れるようなバーにしたい」。
ただし、決して迎合するようなサービスはしたくないといいます。「フランクでありつつも、その根本にはホテルのバーのような、しっかりしたサービスがある。それを目指しています」。最近は横浜にもよいバーが増えてきましたが、こうしたバーがもっとあって、「横浜に帰れば、ゆっくり落ち着ける店がある」と多くの人びとが感じられるようにしたいと語ってくださいました。

「カクテルは、お客様との駆け引きの中で創造していくものです。毎日が戦争のようで、その人にあうカクテルを探し求めています。」

写真_3バーの楽しみは、何といっても色々なお酒と出会えること。ピルグリムには、常時300種類くらいのお酒が用意されているそうです。そして、これらのお酒を使って作ることのできるカクテルは、2000〜3000種類にもなるといいます。
ただし、「フレッシュ(新鮮な果実)については、オレンジ、レモン、グレープフルーツは揃えていますが、ピルグリムではフレッシュ・フルーツを主体とするカクテルはあまりやらないですね」とのこと。また、コーヒーや紅茶を使用するカクテルも控えているそうです。「アイリッシュ・コーヒーとかのカクテルを頼まれるお客様もいらっしゃるのですが、煙草や葉巻の匂いならともかく、店に入ったとたんにコーヒーの香りがするバーというのは、あまりいただけません」との考えからであると伺いました。

ところでカクテルは、こちらから指定するのではなく、バーテンダーにお任せで作ってもらうのも楽しいものです。そんな注文が入ったときに、客のイメージにあわせたカクテル作りをするポイントについて伺うと、「例えば女性であれば、まず着ているものの色を見ます。あるいは、私はよく唇を見ます。口紅の色って、だいたいその人の好きなカラーなんですよね。そうしたものを見て、カクテルの色を考えます」。また、そのほかには顔の形とか、気が強そうか、優しい性格かといったことなども見抜いて、好みを捉えるそうです。ただし、自分にあったカクテルを楽しむためには、お酒に強いか弱いか、嫌いなお酒やフルーツがあるか、炭酸は好きか嫌いかを、バーテンダーに伝えてほしいと教えてくださいました。
味の好みは一人ひとり異なります。同じ人でも、そのときどきの気分で変わることもあります。それゆえ、カクテルは常にレシピどおりに作ればよいというわけにはいきません。客の様子を見ながら、ジュースの量とお酒の量のバランスを微妙に変えたり、お酒も種類によって味や香りの強さ、甘さが異なるので、使うものを少し変えてみたりしていきます。ですから、実はバーテンダーが作る1杯のカクテルは、スタンダードかオリジナルかに関わらず、その場で、その人のためだけに創作された作品なのです。「だから、この仕事は面白い。創作意欲が湧くんです。これとこれを、こういうふうにミックスしたら、こんな色になって、こんな味になるという方程式が頭の中にいくつもあります。それを駆使して創り出していきます」。
しかし、若くて経験の浅いバーテンダーは、そうした方程式をまだ多く持っていません。「その方程式を身につけていくためには、練習して経験を重ねていくしかないのです」。そして、「実は、お客様が最もよい練習台なんです。だから本当は、お客様も美味しくなかったら文句を言わなければだめなんですよね」と、そっと打ち明けてくださいました。
カウンターを挟んだ駆け引きの中で、客もお酒のことがわかるようになっていき、バーテンダーも成長していく。「毎日が戦争のようなものです。その場面で、その人にあったカクテルをいつも探し求めて戦っています」。

「横浜の中で一番のバーになりたい。それには、最高のサービスを提供して、人でお客様を惹きつけられるような店にしなければなりません。」

写真_6今後の目標や抱負について伺うと、まっさきに「横浜の中で一番のバーになりたい」という答えが返ってきました。「横浜のバーですから、横浜の中で一番であればいい。誰かが『横浜に行くんだけれど、どのバーがいいかな?』と言ったときに、訊かれた人が最初にピルグリムの名前を挙げるようにしたいのです」。そのためには、よいサービスをし、きちんとしたカクテルを作るという、当たり前のことが第一に重要であるといいます。
「バーというものは、どの店に行ってもだいたいメニューは同じです。それなのに、この店にはお客様が入っていて、あの店には入っていないということが起こるのは、やはり人(=バーテンダー)によるんだと思います」。かく話す幅さんは、よく先輩から「カウンターの外でサービスをしているのが“ウェイター”で、カクテルを作るだけなのは“バーテン”なんだ。お客様と話をして、お客様からもう一杯と言われるようになってこそ「der」がついて“バーテンダー”になる」と指導されたそうです。
「だから若いスタッフにも、それを目指しなさいと言っています。私は、お客様と話すことこそバーテンダーの一番の仕事だと思っています。しゃべり方の勉強もしなければいけない。新聞やテレビの情報もチェックしておかなければいけないのです」。

また、ピルグリムのマネージャーをしていて印象に残っているエピソードについて伺うと、「日本人のお客様が外国人の方を連れて来られて、2人で3杯くらい飲んで帰っていったことがありました。次の日、その日本人のお客様が店に来て、『あいつに文句を言われた』と言うんです。その外国人の方に、『あのバーに行くと、何であらかじめ言ってくれないのか。私はジーパンで行って恥をかいた』と言われたそうなんですね。それを聞いたとき、涙が出るくらい嬉しかったですよ」。
幅さんは、客がジーパンで来店しても別に気にはしないといいます。しかし、その外国人は「この店の雰囲気の中で、自分はジーパンで飲みたくはなかった」と訴えた。つまり、それはピルグリムが外国人からも敬意を払われる店になったということを意味しているのです。幅さんの努力が報われた瞬間でした。
最後に、幅さんから、このホームページをご覧の皆さまへメッセージをいただきました。
「落ち着いて、静かに飲みたいときにお越しください。重厚な雰囲気のバーですが、実際にカウンターに座ってみていただくと気さくなバーテンダーがいますので、お酒に対して研究心を持っている方々には特に楽しんでいただけることと思います。カウンターで全然知らない同士が隣りあい、やがてはバーテンダーも挟んでみんなが飲み友達になっていくということこそ私の理想です」。






インタビューを終えて

今回の取材で最も私の印象に残ったことは、マネージャーとしてベストを目指す幅さんのひたむきな姿勢です。プロとしての卓越した技術を持ち、客のさまざまな要望に対して臨機応変に対応できるスタッフを育てる。その一方で、オーナーの意を汲み、彼のセンスを活かしながら店づくりの完成度を高めていく。バーのマネージャーはかくあるべきというものを幅さんに見せていただき、深く感動しました。
また、イギリスのゴルフ場のクラブハウスをモチーフにしたという内装や店内の調度品も目を惹きます。おしゃれで豪華ですが、決して派手ではなく、非常に落ち着いた雰囲気を醸し出しており、美味しいお酒と食べ物を楽しみながらゆったりとくつろぐことができます。
最近は、価格の安いチェーンの居酒屋などが増えました。それは、私のような学生にとっては経済的な面でありがたいことです。しかし、多少は値段が高くても、幅さんたちの仕事や落ち着いた雰囲気の店内で静かに談笑する人びとを見ると、少し無理をしてでもまた来たいとつくづく思います。幅さんはインタビューの中で、「ちゃんとした店を知らないと、本当のお酒の飲み方がわからない」と言われました。確かに、ピルグリムに来て、少し大人になれたような気がします。
(横濱まちづくり倶楽部会員・田代 瞬)

非常に気さくで柔和な印象の幅さんですが、一流ホテルのバーでの経験が長いというだけあって、仕事をされているときの姿は気品に満ちています。また、実際にお話を伺うと、バーテンダーという仕事に対する崇高な姿勢と情熱に圧倒されます。
特に、来店した客が十分に満足できるように、日々おもてなしについて研究を重ねているという話や、カクテルを作るときの細部にわたる心遣いについての話に、私は深く感銘を受けました。それとともに、バーテンダーの仕事の奥深さも痛感しました。
幅さんの理想は、「カウンターで全然知らない同士が隣りあい、やがてはバーテンダーも挟んでみんなが飲み友達になっていく」ことであるといいます。そして、それは今、徐々にできつつあるそうです。きっと、幅さんやスタッフの皆さんの努力が実って、客とバーテンダーの間に、さらにはピルグリムで出会った客同士の間に信頼関係ができるようになってきたからなのでしょう。
客から信頼されること、そして、そこへ来れば誰もが打ち解けられるような店になることは大変むずかしいし、時間のかかることです。しかし、ピルグリムは幅さんの理想に導かれ、そうした店へと確実に近づいています。私も、そんなピルグリムの和の中へ迎え入れてもらえるような大人になりたいと思いました。
(同・山田雅浩)

ピルグリムは重厚で落ち着いた雰囲気に包まれており、くつろいだ客たちの和やかな話し声が絶えないお店です。そして、店での楽しいひとときを、この上なく優雅に演出してくれるのが、鮮やかな色あいで優しい味のカクテル。カウンターに並べられていないものも含めると、約300種類のお酒がいつもストックされているそうですが、それらを駆使して作られるカクテルは3000種類におよぶと伺い、非常に驚きました。
さらに、同じ種類のカクテルでも、実は一人ひとりの客の好みやその場の状況にあわせて、お酒の量や味わいが微妙に変えてあるとのこと。つまり、ピルグリムで飲む一杯のカクテルは、どれもがそのとき、その場限りのオンリー・ワンの作品なのです。
「毎日が創作の連続です」と幅さんは言われました。だから、創作意欲が掻き立てられ、楽しい仕事であるそうです。そんな話を伺い、カクテルの奥深い世界に初めて気づかされるとともに、その世界を究めようとする幅さんの情熱とひたむきさに感動を覚えました。
それだけでもすごいことだと思いますが、「カクテルを作るだけならバーテンだ」と幅さんは言い切ります。客にあわせた会話ができ、彼らを楽しませて、「もう一杯」と言ってもらえるようになってこそ、“バーテンダー”であるとのこと。これは、かつて先輩バーテンダーから言われたことであるそうですが、それほど大変な道であるからこそ、40年近くもの間、幅さんの探究心をそぐことがなかったのでしょう。
(同・武智 大)

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