トップページ サイトマップ お問い合わせ イメージ1 イメージ2 イメージ3
まちづくり倶楽部とは spacer.gif 倶楽部からのメッセージ spacer.gif まちを歩けば・・・ spacer.gif 横濱の食案内 spacer.gif リレー式コラム spacer.gif リンク集
濱通講座 menu_3_line.gif ヨコハマスタイル menu_3_line.gif 交流会 menu_3_line.gif 中心市街地活性化研究会
まちを歩けば・・・
バックナンバーへ
横浜・食の極人 vol.05 横浜の味を創る究極の達人たち
ステーキレストラン「jack's」
それぞれのお店には、そのお店の味を生み出す究極の達人がいます。このコーナーでは、そうした人びとに直撃インタビューをして、その素顔に迫っていきたいと思います。
5回目の今回は元祖炭火焼ステーキ「ジャックス」のご主人、小倉昭二さんです。
食の極人・プロファイル5 ジャックス店主 小倉昭二さん
ジャックス店主 小倉昭二さんジャックス店主・小倉昭二さんは、1927年に横浜市の保土ヶ谷で生まれました。終戦のとき、ご主人は18歳でしたが、当時の進駐軍に準公務員として採用され、横浜市内の米軍キャンプの食堂で働くようになります。その食堂で、ステーキを焼く技術を身につけたということです。
そして1958年、ご主人は友人と一緒に「トーク・オブ・ザ・タウン」というレストランを、横浜の中華街で開業します。ところが開店の2年後、この店は米兵の喧嘩がもとで焼失してしまいました。


この事件をきっかけに、その友人は経営から手を引いたため、今度はご主人だけで同じ場所にステーキ専門店を開業しました。それが1960年。この店こそが、そののち横浜を代表する炭火焼ステーキ専門店となる「ジャックス」です。ちなみに店名は、ご主人が米軍キャンプの食堂で働いていたときのニックネームが「ジャック」であったことに由来しているそうです。中華街のジャックスは、米兵や外国船の乗務員が主なお客さんしたが、次第に石原慎太郎・裕次郎兄弟をはじめとする日本の著名人たちも足繁く通う店となっていきます。
しかし1990年、ビル建設による立ち退きのため、中華街の店は閉店せざるを得なくなってしまいます。でもその半年後、多くのファンの声援を受けて、現在の地・本牧間門に再びオープン。ご主人はいまも現役で、半世紀近く守りぬいた味とスタイルでステーキを焼き続けています。
「僕は運がいい。みんな自分にとって最高によい方向へ行っている。」
期待に胸を膨らませて開業した店は2年後に焼失、順調に軌道にのっていた店はビル建設による立ち退きで閉店と、私たちから見るとご主人の人生は苦難の連続であったように思われます。しかし、ご主人は「僕は運がいい」と笑いながら言います。
「火事にあったからこそ、自分だけの店を持つきっかけができた。ビル建設があったから、その立ち退き料でまた新しい店をつくることができた」と語るご主人。さまざまな困難があっても、いつも前向きに捉える強さこそが、横浜を代表するステーキ専門店へとジャックスを育て上げてきた原動力なのでしょう。ご主人が運のみに頼ってきたのではないことは、誰よりも周囲の人びとが知っています。
「ステーキを焼くのは、僕の人生の中で一番楽しい時です。」
ジャックス店主 小倉昭二さん
左は、ご主人を二人三脚で支えている奥様
炭火から立ち昇る煙の中で、ステーキを真剣な眼差しで焼くご主人の姿は、思わず圧倒されてしまう大迫力でした。そして、キッチンの中での無駄のない動き、大切に、可愛がるように肉を扱う姿勢、熟練のカンにより絶妙のタイミングでその肉を焼き上げていく手さばきは、派手さはないものの、最高のパフォーマンスです。
「ステーキを焼く時が一番楽しい」。この言葉がご主人の口から出てくることは、ある程度予想できました。しかし、ステーキを焼くご主人を見たあとに実際に言われてみると、ものすごいリアリティがあり、深い感銘を受けます。
「変ったことはいっさいやらない。うちは、ひたすらステーキを焼き続けるだけ。」
この一言こそ、ご主人のステーキに対するこだわりを最もよく表しているといえるでしょう。ご主人はサラッと言われましたが、ものすごい重みのある言葉です。
自分が追求するものを一つに定め、しかし、それに関することだけは絶対に譲らない。たとえば、お店で扱う牛肉 は長くつきあってきた信頼できる業者から仕入れているそうですが、それでも「実際に自分で見て、ダメだなと思ったものは返します」と、ご主人はきっぱりと言います。
自分のこだわりがあるものについては、納得できるまで絶対に妥協しないという姿勢を貫き通してきたからこそ、いつまでも変らない美味しさと、親子三代にわたるようなファンを維持できるのだと思います。
「人にやらせればもっと色々とできるんだろうけど、この仕事はほかの人にはできない。」
ジャックスという横浜・本牧のステーキハウスは、ご主人を中心とする小倉さんご一家がいらっしゃるからこそ成り立っています。誰にも真似できない技術と経験を持ったご主人、そのご主人のこだわりを受けとめ、あうんの呼吸でしっかりとサポートする奥様とご子息。この方々がいなければ、ジャックスの輝かしい伝統と信頼は維持できないでしょう。ご主人もそれがよくわかっているからこそ、いたずらに店を大きくしたり、店舗を増やしたりしてこなかったのだと思います。
ジャックスがジャックスであり続けるために、今日もご主人はキッチンに立ち、奥様とご子息が脇をしっかりと固めていらっしゃいます。
ジャックス店主 小倉昭二さん
ジャックスを切盛りする小倉さんご一家。
一番左はご主人の技を受け継ぐご子息


横浜の食案内「jack's」はこちら

横浜の食案内

インタビューを終えて
■ピカピカに磨き上げられ手入れの行き届いたキッチンで、絶妙のタイミングをはかってステーキが焼き上げられていく。厳選された和牛のサーロインに火が入り、次第にその姿を変えていく様子は、見ているだけで思わず口もとが緩み、笑みがこぼれてしまいます。ステーキというシンプルな料理だからこそ、ごまかしがいっさいききません。それだけに、ご主人は毎日、真剣勝負を続けています。
まさしく、「たかがステーキ、されどステーキ」。シンプルな料理を芸術の域にまで高めたご主人のステーキに、余計な形容詞はいりません。とにかく「うまいっ!」。
(横濱まちづくり倶楽部会員・平野順弘)

■ご主人の牛肉自体へのこだわりや、肉の旨みを最大限に引き出すためのさまざまな工夫を聞いて、素材を慈しむプロの料理人の真摯な姿勢に感激しました。半世紀近くも一つのことに全力を注ぎ、毎日、毎日、努力と工夫を重ねていく情熱とエネルギーには、頭が下がるばかりです。ご主人のような人たちのことを、本当の「プロフェッショナル」というのでしょう。
長年にわたるご主人の努力と工夫の結晶ともいえるニューヨークカットのサーロインステーキは、とても大きく、柔らかく、そして豊かな味わいで、一度食べたら忘れられない逸品です。
(同・杉山卓)

■ご主人のステーキに対する愛、こだわりについてのお話には、本当に感動しました。45年以上もの間、ステーキに向きあい、ステーキとともに過ごしてきたご主人にとって、ステーキは自分の分身なのかもしれない。はたまた、家族の一員なのかもしれない。とにかく、かけがえのない大切なものだということが充分に伝わってきます。
また、ご主人のご家族が支えあって切盛りするお店は、アットホームで、大変居心地のよい空間となっています。ご主人の腕によって牛肉が珠玉のステーキへとドレスアップされ、それがご家族の手によってプロデュースされた舞台で大スターになっていく。かくして、ジャックスを訪れた私たちの至福のひとときが創り上げられていきます。
(同・坂本紘一)
spacer.gif
back
spacer.gif
コピーライト
横濱まちづくり倶楽部