| 第7回 |
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| ハッスル(株) 小嶋 寛 |
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10月4日から7日にかけて、上海へ姉妹都市提携30周年を記念した日中観光フォーラムの旅行に行ってきた。
当初、行くつもりではなかったが、「上海蟹のトップシーズン」という甘い誘いもあり、同行することとなった。中田市長や経済局長その他、市関係者・民間の旅行関係者も一緒で、4日間は観光も含めて市主催のレセプションや、上海市主催のレセプションそして横浜の観光コンベンションのイベントもあり、自分が行くバックパッカーの旅行と比べれば超リッチな大名旅行であった。
特に、10年ぶりに訪れる上海は、僕を浦島太郎的トランス状態にさせた。10年前は、1930年代のまちなみがまだたくさん残っていて、友人の家を訪ねると、そこには昭和30年代初期の横浜の原風景があり親近感さえ抱ける街であったのに、現在は横浜の今を超え、10年先を行っている感じがしてならなかった。
その中でも、新天地という観光スポットは、価格も日本並みで、あからさまに外国人相手であることを吹聴しているまちづくりで、1930年代の上海のまちなみを活用しながら、そこに流行を追いかけるバーやライブハウスそしてお土産屋がひしめいていた。もっとびっくりさせることは、そこに隣接している上海の古い集合文化住宅もすでに立ち退きが決まっており、その入り口には3ヶ月以内の立ち退き命令の看板が掲げられていた。ご存知の様に中国は土地の所有権は人民には無く、すべて国のものであるため、立ち退きは容易である。きっとここも、次に訪れるときには流行スポットに生まれ変わっていることだろう。
お金を持った人が成上がる構図がここでは正義のように成立している。私は上海が巨大な張りぼてのまちにかすんで見えた。
僕ははきっとこのまま上海が成長すると嫌いになるだろう。まち行く人は豊かさの夢を見て闊歩し、ビジネスマンは携帯電話をかけながら商談の成立を捲くし立てる。仕事をするのは楽しいかもしれない。
でもすべてがポジティブ過ぎるのである。上海蟹もこのまま行ったら、お高くとまった蟹になってしまうのではないかと危惧する。
これは僕と横浜の関係にとても似ている。横浜が好きになったモチベーションは、中華街の裏にあった古ぼけた中庭付文化住宅であり本牧のハウス・PXそして危険な中華街である。すべてが幻想の中に知らない間に消えうせてしまった。元町から山手に続く代官坂のトップからの記憶の眺めにはマリンタワーのみが実存しているのに現在はランドマークが背景の構図のポイントになってしまっている。
「ごま油とバターとエキゾチック」、この匂いに誘われて、横浜を愛し訪れた人は、今は「さびしい想いとメランコリック」を抱きながら来濱を躊躇しているのでないか。
「あーさよなら上海蟹。あなたはきっとこのむやみなまちづくりのゲームにさぞ嘆いているでしょうね。
少なくとも、僕と横浜はあなたの哀れな姿に多くを学んだ気がします。
だって人間たまには、昔の恋人の影を追いかける時間も欲しくなるのだから。」
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筆者プロフィール
ハッスルこじま まちづくりソフトプランナー 1960年横浜生まれ。 横浜が好きでこの仕事に就き、天性の仕事であると自分に言い聞かせている。趣味は横浜のあら捜し。現在は、ハッスル株式会社というけったいな会社をすでに18年もやっている。横浜はこの頃金にならないので、楽しく地方で出稼ぎにいそしんでいる。 |
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