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第4回
妊婦が街を変える
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ハッスル(株) 小嶋 寛
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川崎の堀之内と言えば、なにの事であるとピンと来る男衆は多い。この前ここの経営者から電話があり、「70歳以上のお客が多くなり、女の子とトラブルをおこす。どうにかならないか」とけったいな相談があった。サービス精神旺盛の私は「電話ではなんなので、伺いまーす。」と翌日女房には内緒にして、その店に市場調査に行った。15:00に伺ってびっくりしたことは本当に高齢者の男性が多く、それも友人同士なのか、やたら明るい。ここは入浴料2万円、サービス料4万円、私の年齢ではかなり入店するのは困難である。男の性欲が死ぬまで続くことは知っていたが、この現状を目の当たりにして、戸惑いが隠せなくなった。僕も含めて男という動物は・・・・

そういえば・・・・
横浜のまちの形成においても女性が結構かかわっていることは皆さんもご存知のことだろ思う。
江戸末期安政の頃、現在の横浜スタジアム周辺に遊郭があったのだ。それも文献をみるとなんと吉原そっくりに見立てた遊郭であり(時代劇に登場する桜並木もあった。)外国人向け遊郭をここに誘致したのである。それも中心市街地のまちづくり計画の重要課題においたのはびっくりである。その数は15軒で当時331人の遊女が勤務していたというのだからまたまたびっくりである。現存していれば立地上、市役所の男性は仕事が手につかなかったかも知れないし、もしかしたら、観光のメッカになっていたかもしれない。しかしながらあっけなく大火(有名な豚屋火事)によってなくなってしまったのである。(実は横浜の道路行政のスタートはこのときの火事に始まったと言われている。)その後当時のお役人は懲りずに、高島・長者町・真金町・永楽町と次々に遊郭を大火とともに建てて行くのである。

横浜市の都市デザイン室もこのくらいの発想があれば中田市長さんも観光客誘致に頭を悩ませなかったかもしれない。そもそも横浜のまちづくりは、この遊郭の移転とともにあるといっても言いすぎではない。“港町・酒・女・かなしい恋”これこそが歴史が実証する横浜の中心市街地のキーワードではないか。でも、ここで勘違いして欲しくない史実がある、本当にえらいのは、当時日本にやってきた外国人から日本の女性の貞操を守るためこの遊郭はあったということだ。つまり女性の体を張った行動が横浜の中心市街地の形成に大いに係わったことになる。このことは終戦後の横浜でも多いに闇の史実で登場する。明治の頃が、「やしゃめん」ならば後者は「パンパン」である。この史実を知れば、まちづくりを推進するためには、女性をないがしろにしてはならない!そういえば、江戸時代横浜の中心地の埋め立てにも、人柱として「お三さん」という女性が犠牲になった悲しい物語がある。(南区の「お三の宮」はこれを起源とする。)中心市街地の活性化に日頃ご尽力をいただく会員のみなさん、女性あっての横浜の中心市街地です。
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ハッスルこじま筆者プロフィール
ハッスルこじま

まちづくりソフトプランナー
1960年横浜生まれ。
横浜が好きでこの仕事に就き、天性の仕事であると自分に言い聞かせている。趣味は横浜のあら捜し。現在は、ハッスル株式会社というけったいな会社をすでに18年もやっている。横浜はこの頃金にならないので、楽しく地方で出稼ぎにいそしんでいる。
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